このGW中についに43歳と相成りました。特にどこへ行くこともなく母にバーガーキングでキングミールセット(900円)をご馳走になったりしながら、ダラダラ過ごしました。そんな感じで傍から見ればオワりにオワってるオッサンなんですが、やはり40も過ぎれば体の節々にダメージを感じているのがリアルです。正直人生の終わりを見据えに入ってるぐらいです。これから先どれだけ生きるかは分かりませんが、睡眠時間や食事や排せつなど生命維持活動に必要な時間を考慮すると、私が自由に動ける時間というのはあと10年ちょっとあるかないかだなっていうのは感じてます。突発的な事故や病気なども考慮した場合、それ以下なわけですし、歳を取れば当然満足に動けなくなるわけで、けっこう『焦り』すら感じてますね。そんなオッサンが最近心掛けていることとしてはまず

・飯をしっかり食うです。
この歳になると食欲も落ちてくるし、油物もきつくなってきます。ただ当たり前ですけど生きることは食べること、食べることは生きることです。自分の口でメシが食えなくなったら文字通り『人生の終わり』なわけで、食べられる間は多少無理してでも三食しっかり食べようと心掛けてます。そのためにはある程度身体も動かさないと飯も入らないわけで、中々人間の体も上手くできてるなと感心するばかりです。

つぎは・本を読むことです。
最低でも一日に何らかの本を最低50Pは読むようにしています。まぁほとんどが仕事とか法律の本なんですけど、法律なんて毎年コロコロ変わるわで、詰め込んでも詰め込んでもキリがないです。ただこれが士業でいうところの『仕入れ』だと思っているので、いつか独立するときのためにしっかり知識を蓄えておかなければいけないなと思っています。

あとは具体的にどうとは言えないのですが・生き切るということを漠然と心がけてます。
よく「日々を後悔しないように精一杯生きる」とか言いますけど、どう生きたって死ぬときは後悔すると思うし、がむしゃらに働いて早死にするのも嫌だし、何がどうとは言えないんですが、なんつーんですかね。最近変なニュース多いじゃないですか。あんな風にはならないように、真面目に最期まで頑張るみたいな感じです。

結婚とかに関しては未だに全くその気にならないので、多分最後までこのまんまだと思います。(笑)






上記の話には全く関係ないんですが、民事訴訟の流れについて質問を受けたのでザックリと流れを解説させていただきます。まぁ難しいこともないんですが、誰かを訴えたいという時は、必要事項を記載した「訴状」を裁判所に提出します。それの記載が必要事項を満たしてたら裁判所から被告の方に「これこれこういう訴状が届いてますけど反論あります?」っていう書面が行きます。反論がある場合は色々書いてそれを裁判所に提出します。これが「答弁書」です。すると今度はその答弁書について「被告はこんなこと言ってきてるけどなんか言いたいことある?」と原告側へ書面が届きます。コレの繰り返しです。コレの積み重なった書面がよく聞く「準備書面」です。その書面のやり取り見ながら裁判官が「これなら話し合いでどうにかなりそうだな」と思ったら途中で和解を勧めるかもしれないし「ダメだこいつらマジで話噛み合ってねーわ」となったらその準備書面に基づいて、法廷で口喧嘩バトル開始ということになります。なので現実には訴えを起こしても法廷までいかないこともよくあります。「和解」って“仲直り”みたいな言葉のイメージあるかもしれないですけど、司法でいう(特に裁判上の)和解っていうのはどちらかというと“手打ち”とか“痛み分け”みたいな表現の方が近いと思います。それに基づいて強制執行もできますし途中で「これぐらいならいいか」ってなる人も多いですよ。






>スイッチ2
特にイジることもなく普通に落選しました。




>じゃあクリエイターの人のことなんて呼べばいいんですか?
漫画家とか作曲家とかゲームデザイナーとかでよくないですかね。よくいるじゃないですか「CMクリエイターです!」とか。どこどこ会社の〇〇部の誰々ですって言えやと。ああいうの胡散臭く感じちゃう人間なんですスンマソン。





>永野芽郁についてどう思いますか
無理があるよなwwwwwwwwwwwwwwww